2 月 26

長々と書いてます。

どうか時間に余裕がある時に。笑

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2018年1月末、以前に勤めていたホテルが閉館しました。

倒産ではありません、くれぐれも。

観光都市京都の中でトップレベルの立地と知名度、そして歴史も格式もあるホテルです。

宿泊も宴会もレストランも当然それなりの数字があります。

建物が今の耐震基準に満たなくなったのです。


高卒で入社して七年勤めて、いろんな部署でいろんな経験をさせてもらいました。


最初は和食レストラン(一年)

女性しかいない店に男は自分一人。

かと思うと、どこからか包丁が飛んで来そうな、いつか殺人現場を目の当たりにするのではと思うぐらい怖かった野生味溢れる厨房のオジサマ達。

右も左も解らないクソガキをとことんシゴいてくれました。

皆さん元気かな。

ここ数年その和食の皆様とは誰一人会えてない。また会いたいです。


宴会サービス(一年)

宴会場での朝食は朝六時出勤の七時オープン。

冬はまだ真っ暗の中、何十個も鍵がぶら下がった板を持って、宴会場を開けて廻るのがめちゃくちゃ怖くて本当に嫌でした。全く慣れなかった笑

それから昼に婚礼、ドンデンしてまた婚礼。

厳しかったけど楽しかったのは一番従業員の多い部署で社員以外に配膳会社が何社か入っていたり、直のバイトがいたり、忙しい週末は他部署からも数人ヘルプに来たりと、いろんな人と交流が持てたから。そして、そこの先輩達が本当に素晴らしい人ばかりやったから。


婚礼で新郎新婦の入場時、心温まる友人のスピーチ余興、両親への手紙、新郎の最後の挨拶を聞いては他人の披露宴なのに仕事しながら感動してた。

従業員まで泣きそうになるほどのいい披露宴は決してお金をかけて作られたモノではなく、本当に心からお祝いしようとしてくれる真の友人がいるかいないか。それだけだった気がする。


中華レストラン(一年)

「中国四川料理 清華」とにかく料理が美味しすぎた。全社員がプライベートで一番利用してたレストランだと思う。中でも絶品は雲白肉、担々麺、麻婆豆腐。杏仁豆腐も良かったなぁ。

中華料理を食べに行くと、ついあの店のあの味と比べてしまう自分がいる。途中で閉店したのが残念でした。


宿泊部ベル(三年)

一番長かった部署。ほぼ夜勤でした。

24時間、宿泊ゲストのお世話をします。いろんな事がありました。

繁華街で真夜中にホテルに訪れる人はいろんな人がいる。主にお客さん以外の話でね。

無断駐車とかなんやかんやとそんなのは可愛い話で。。いろいろ怖い話もありました。いろんな意味で。

夕方から朝まで(18時間ほど)一回出勤すると二日分働くので月に10回出勤するだけやった。

夜勤明けはしょっちゅうパチンコ屋へ。二年ぐらいハマってて、社員旅行に行っても滞在先でパチンコ屋へ行くと言う病気レベルでした。。(T_T)


宿泊部フロント(一年)

一番大変やったと思う。朝チェックアウトの数時間で数十万円の現金を扱うフロントの会計の締めで、一円合わなくて何時間も帰れない。いろんな可能性を連帯責任で調べて調べて。。

それがいいのか悪いのかは別問題で、それほど仕事に厳しい環境でした。フロントの仕事はもっと難しい事が沢山あって自分は比較的イージーな仕事しかしてないけど、それでも毎日必死やった。外資系になってからパソコンも領収書も全部英語やし憶えるの大変やったな。

毎日、先輩に助けて貰ってばかりでした。


今回ホテルが無くなる事で、逆に

ホテルが無くならなければもう一生会わなかったかも知れない上司や先輩と再び顔を合わせる事が出来たし、当時一緒に仕事してない期間の被ってない初対面の方とも繋がりが出来た。

これはとても意味のある事。


45年の歴史の中で

どれだけ沢山の出会いを生んできたのでしょう。

どれほど沢山の人に愛されてきたのでしょう。

ここで働いていた事を本当に誇りに思います。

出会った人、学んだ仕事は一生の財産です。

これからも大事にしたいと思います。
何十年も働いてはる現役の方もいるし、その方達に比べると勤続七年なんてかなり短い期間でしたが
自分にとっては人生の基盤、原点となるとても充実した大きな大きな七年でした。

自分がいうのはとてもおこがましいけど、長い間お疲れ様でした。

ありがとうございました。
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written by tsuyoshi-inoue